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経営について考える Archive

評価されなきゃ大概はヤル気でないのでは?

評価って重要ですよ。

評価があるから人は一定水準以上の仕事をします。

仕事の成果について良かろうが悪かろうが何のアクションも無いのであれば特別に頑張る理由が無くなってしまいますが、逆にシッカリと評価されるのであれば、 一定の評価を得るため・・・少なくとも悪い評価を得ないために最低限のラインは守るようになるでしょうし、その中からより良い評価を得るために頑張る者も 出てきます。

「評価がなくても頑張る人はいるでしょう?」と言う人も居るかもしれませんが、それは違います。

ヤル気の源泉は人によって異なります。給料アップなど金銭的な部分のほかにも社会的地位や裁量権の拡大、自身の成長がヤル気の源泉になる人も居ます。

評価が無くても頑張る人はそう見えるだけで、ヤル気を出す動機を他にもっている人です。

他から与えられる評価にしろ自己評価にしろ評価はヤル気に直結しますから評価制度という物をシッカリと企業は作る必要がありますね。

 

 

 


異端こそ組織の要

異端こそ組織の要』、学生時代から私の中に住み着いている言葉の一つ。

他と違う感性や発想を持った者が組織の中には必要なんだという考え方です。異端といわれる人たちは変わり者、個性派、天才、奇人、変人などと呼ばれたりしますが、そういった人々が時に大きな何かを生み出す事を我々はよく知っています。

ただ、こういった強い印象のある側面はおいておくとして、私が思うに、もっと地味な部分で異端が組織にとって必要な要素の一つであると考えるわけです。

人は大なり小なりの徒党を組みます。集団ができれば当然そこには趣味思考や価値観などを共有するメンバーが自然と集まるわけで、水の合わない人間は自然と去ります。しかし、その本来去って行くであろう人間に注目してみようというのが『異端こそ組織の要』という考えです。

どのような意図で作り出された集団であっても月日を経れば堕落し腐敗する可能性を秘めています。

大なり小なり人は変化を嫌いますから、自然に身を任せるのみならば変化を嫌い、変化に弱く、変化を排除しようとする考えが根付くのは普通のことです。

保身やチャレンジ精神の欠落もこの流れの中で発生していきます。

これで未来があるのでしょうか?

異端者やそういった集団は常に疑問を投げかけます。

どんな素晴らしい組織を作ったつもりでも時間と共に腐敗もすれば矛盾も多く出てきますから、そうならないように組織には常に反対意見という物が必要不可欠なのです。

反対意見の存在により現状を考える機会や場合によっては再編などを行うキッカケがもたらされるという点が重要です。

また、風変わりな意見や独特な発想とは周囲の人間に刺激を与えます。

前述した堕落や腐敗と行った状況は刺激の無い環境と現状を維持したいという無意識下の意識が作り上げます。そうならないための刺激が必要になるわけです。

他の意見を耳にしても自分が正しいという理由を優先して探していたりするならば頭が固くなっているかもしれませんし、反対意見の出ない会議が常だったりするならば既に組織の腐敗が進んでいるのかもしれませんね。

 


全体最適と部分最適

個人であっても会社であっても国であっても、全体と部分のバランスというのは非常に重要です。

例えば”ものづくり”が活動の中心の企業であれば材料調達・生産・物流・販売と製品がお客様と手に渡るまでの一連の流れが存在するわけですが、それぞれの工程や部署機能だけの生産性をあげるような活動を『部分最適』といいます。

対して工程の繋がりや部署間の連携などを意識して全体の足並みを揃えながら生産性を挙げるような活動を『全体最適』といいます。

全体最適と部分最適においてどちら良いという事はないと思いますが全体最適を考えない部分最適の積み重ねには色々と弊害があると思います。

例えば何か問題が発生し急遽業務改善やプロセスの変更を行うことになったとしましょう、その時問題の部分にのみ対策を行うといったことをすると前後の作業や関連する部署との足並みが乱れて余計は作業の発生などを招くなどで生産性の低下を招くといった事態が発生する恐れがあります。

例えば上司や経営者の思いつきで、ある部分の業務変更などが行われたします。その時シッカリと変更による弊害などの検討が行われないと、実は裏で誰かが作業間・部署間の乱れた足並みの尻拭いをしてくれていたなどという事が発生します。見かけは上手く行っていて発案者は満足でも実態はどうかという事になります。

基本的には全体最適ありきの部分最適だと考えいますが、全体最適は大きな変更を要求され実行にはパワーがいるようなケースも出てきます。程度の差はあれど全体最適も考えすぎて足が止まるときは出てきます。足が止まれば発展はなくナァナァの世界が待っています。その点から考えれば部分最適のフットワークは軽く、部分最適も実際に数多く積み重ねていくといったスタイルならばいずれ部分最適は全体最適へとなって行きます。

卵が先か、鶏が先か』といった問いかけみたいではありますが、両者ともにメリット・デメリットはあるわけですからやはりバランスが重要という事になります。

難しいのは全体最適です。部分最適というのは上手く運用すれば役職に囚われず誰でも実践が可能です。しかし全体最適の実践には企業のトップ、各部署の長やリーダーと行った人達の理解などが必要になってきます。より大きなまとまりの最適化を図るためにはより大きなまとまりを取り仕切る人間の力が必要になりますから最終的には企業のトップが積極的に全体最適を考える必要が出てきます。

どちらも欠けてしまったら話しになりませんが、どちらか一方でも駄目という事になります。つまりは全体最適と部分最適はバランスが重要という事になります。

スピード重視の部分最適が行われつつ、全体最適を企業のリーダー達がコントロールしていく正に理想的ですね。

 


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